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悪意ある人助け?メサイアコンプレックスとは?

人助けはどんな場面でも良い事=善行と見なされていて、実際に人助けをした後で助けを求めていた人にお礼を言われるととても嬉しくなりますよね。

しかし、この人助けにも落とし穴がある事を知っていますか?

今回は善意である人助けがいつの間にか悪意ある人助けになってしまう「メサイアコンプレックス」についてご紹介したいと思います。

1.メサイアコンプレックスとは?

メサイア」とは「救世主」のことで、メサイアコンプレックスは「救世主願望」とも言われます。「自分が世界を救う」という誇大妄想的な心の状態の事を意味し、これが転じて、人助けをすることで自己有用感を満たそうとする心理状態もメサイアコンプレックスといわれます。

2.メサイアコンプレックスが何故悪いのか


人助けをして得られる快感を目的にしてしまうと、相手の気持ちに寄り添う気持ちが薄れていってしまうことがあります。人助けをした自分が、助けられた人よりも立派な人間なんだというような錯角に陥ることがあるのです。


つまりメサイアコンプレックスになると、全体像が見えず押し付けがましく他人を支援することによって「自分はすごい」と自己肯定感を得るのが目的になります。

他人の事や他人の凄さに興味がないのです。だから他人の価値を過小評価します。

そんな背景で人と接すると人間関係のトラブルにつながる恐れがあります。
さらに発展すると「自分は社会のために正しいことをしている特別な人間なのだという意識を持ち始めだします。

これは非常に危険な思考です。結果として「自分は正義。それを批判する人は悪」という構造で物事を捉える傾向に陥りがちです。何かの争いの原因は皮肉にも善意から生じるのです。


3.メサイアコンプレックスにならない為には


面白い事に時代劇で侍が人助けをした後に、助けた人から「お侍様、せめてお名前を」と言われても「通りすがりの浪人です」とだけ応えてその場を去る場面がありますが、これは単なる「美学」ではなくて、メサイアコンプレックスを寄せ付けないための「合理的」な自己防衛とみる事が出来ます。

つまり“純粋な気持ちで人助けを続けられなくなってしまう弱さ”を自分がもっていることを暗に示しているのかも知れませんね。

まとめ

誰かを助ける事は崇高な行為です。

ただし、そこに自分の快感を得るためというエゴが混じり込んでいないか常に自己観察しておく事がメサイアコンプレックスにならない為の方法です。

昨今SNS上では人助けや善意を発信して「いいね」を貰う事で自己有用感を満たそうとする人が多いように感じます。

確かにだれかを助けるという事は良い事ですが、私達自身も見知らぬ誰かに助けられて生きていける事を忘れてはいけません。

毎日何気なくつかっているインフラや行きつけのスーパー等、当たり前に生活できるのは皆で助け合って生きているからです。

メサイアコンプレックスは他人に強く依存して望まぬ善意の押し付けから相手に「ありがとう」と自己有用感を得ようとします。善意とは見返りを求めないものと個人的には考えています。

もし最近やたら誰かを助ける事に注力している方があれば、「自分の為」になってないか振り返ってみてはいかがでしょうか。

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